日常と思索
人間って、憎しみを持続できないもの

 ある本の一説に出てきた言葉です。憎むことはとてもエネルギーを使うことなので、続けることが難しい。一方で、この言葉は人の中にある善良な部分を言ってくれているようで、なんかホッとします。

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日常と思索
大切な人の役に立てなくても自分を責めなくてもいい

 もしかしたらこの人は自分のことをわかってくれるかもしれない。そんな思いで恐る恐る自分の気持ちを話すことがあります。そんな時、もしもその人が自分の気持ちを分かってくれなくても、寂しがる必要はありません。なぜならその人も自 […]

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日常と思索
なぜ人はいくつになっても親に褒められたいのか

 なんとなくそんなことを考えてみました。幼い子どもにとって、自分ができないことができる、知らないことを知っている、身体は比較にならないくらい大きい。子供にはとても強烈なインパクトを与えます。子どもにとって親はスーパーマン […]

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日常と思索
今のこの時間は必要な時間かもしれない

どうしようもなく辛い時。もしかしたら今のこの時間は必要な時間なのかもしれません。いつかこれが思い出になったり、実は意味がある時間であったりするかもしれません。

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日常と思索
ADHDという特性を持って大人として生きることは、きれいごとばかりでは済まない

偉人の中にはADHDが多い、ADHDの人たちには個性があり、その個性を生かしていきればいい。そんな文言をよく目にします。ところが最近、自身がADHDである著者の本の一節にこんなことが書いてありました。  ADHDの大人は […]

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日常と思索
人は自分の存在を肯定しながら、なんとか生きている

仕事、育児、親の介護、飼い犬のお世話、地域へのボランティア。テーマは何であっても、人は自分がいてもいいんだと思いながら、なんとか生きているのだと思います。

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日常と思索
生きることは自由を追求していくことかもしれない

1964年に福永光司さんが書かれた中公新書の「荘子」はこんな言葉で始まります。 人間はだれでも自由でありたいと願う。人間がだれでも自由でありたいと願うのは、人間が現実に不自由だからである。  この文章を見たとき、心の真ん […]

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日常と思索
何かを為したかではなく、何を為そうとしたのか

 人間の真価は、彼が死んだ時、何かを為したかではなく、何を為そうとしたのかである。 作家の山本周五郎さんの言葉です。辛い少年時代、極貧生活を経て、夢だった小説家になった山本さんは直木賞を受賞を辞退しました。 「文学とは文 […]

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日常と思索
衣食、心の余裕足って、礼節を知る

衣食足って礼節を知る 有名な言葉です。 衣食は人が生きる上での生命を維持するための根源なので間違いありません。ただ、それらが足りていることが多い今の日本においてはもう一つ必要な気がします。 衣食、心の余裕足って、礼節を知 […]

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日常と思索
必ずいつか死ぬんだから

 先日、脚本家の橋田寿賀子さんが亡くなられました。戦争中に空襲を経験し、山形に来たとき、稲穂が成る姿を見てこう思ったそうです。 「一面が黄金なんです。は?これ日本?戦争があっても国が残る。まだ日本が死なない、じゃあ私も死 […]

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