8月、開業以来13年間勤めてくれた受付スタッフが退職した。その日、彼女が自分のスマホケースから何かを取り出した。「院長、見てください。私、実はこれをずっと持ち歩いてたんです」。それは開業時のスタッフ募集のチラシの切り抜きだった。そこには今では考えられないような安い時給が書いてあった。
彼女は面接の日、約束時間の30分も前に到着し、緊張で固まった表情で、まだ内装が完成していない部屋で待っていた。その姿が目に入ったとき、この人は間違いないと思った。雇用する立場としては、手を抜かずまじめに働いてくれることが一番の望みだ。この人ならそれをしてくれると、まだ院長にもなっていない僕でもわかった。そして実際に、彼女は僕の指示を忠実に守って働いてくれた。受付スタッフがどんどん入れ替わる時期でも、嫌な顔をせず、新しい人に仕事を教え続けてくれた。僕が言うと、使ったこともなかったPowerPointを覚えてたくさんの人の前で発表できるようになった。その姿を見て、今のスタッフたちが育ってくれた。彼女がクリニックに残した財産はあまりに大きい。
その後、クリニックでどんなときも一緒だった人がいなくなって、その日々が当たり前でないことに気づかされた。それも彼女が僕らに残してくれた財産だ。

